
―― そもそもサーフィンを始めたきっかけはなんだったの?
「19歳のときに海外に留学したんだけど、ちゃんと始めたのはそのときだね。周りの仲間に薦められたのがきっかけ。高校のときは、女の子にモテたい! みたいな不純な動機で湘南とかに行ってたから(笑)、まったく上手くならなくて」
―― でも、始める前からサーフィンへのイメージってあったでしょ?
「そうだね。かっこいいな、気持ちよさそうだな、とは思ってたよ。基本的に海が好きだったし。けど、ボードとかウエットとか、高いでしょ。高校時代はなかなか手が出せなくて。だから、先輩にボードを借りて、湘南に連れていってもらってたよ」
―― 最初は少しハードルがあるよね。
「それに、見るのとやるのは大違いだからね。おれの場合、ちゃんと始めたのがハワイだったから、(海の)下は珊瑚だし、波のパワーは日本の波とは全然違うし、『こりゃ、おれにはできねぇな』って思ったよ。ボード買ってすぐ海に行ったんだけど、初日にウニ踏んで、流されてさ…。沖にも出られなかったから、海がちょっと怖くなっちゃった。それで2週間くらい海に行かなかったんだよね。でも結局、ハワイで始めたことがおれにはよかったんだ。暖かくて、ほぼ毎日波があって、周りにサーフィンやってるヤツがいっぱいいて。自分が行こうと思ってなくても、周りの人がサーフィンに誘ってくれてたからね。そうやって海に行けば行くほど身についてくるわけ。そうしたら、知らない間にスッとサーフィンの世界にはまり込んでたよね」
―― サーフィンすることで、周りの人たちともそうだけど、いろんな人たちと仲良くなれたんじゃない?
「もちろん。サーファーって不思議だよね。だって、ボード持って旅するのと、ボード持たないで旅するのじゃ全然違うでしょ。ボード持ってるだけでサーファーってわかるわけだし、波に乗るっていう共通の感覚をシェアできてるわけだから、昔からの友だちみたいな感じになれちゃう。それはサーフィンが持ってる魅力だし、力だと思う」
―― それでも、サーフィンをやめちゃう人は周りにけっこういた?
「うん。自分自身もハワイから日本に帰ってきて、芸能の道に入ったら、なかなか仕事と波乗りの両立ができなくて、ほとんど海に行けない時期が2〜3年間あったよ。そんなときは自分を見失いかけてたね」
―― そういうときって自分の感覚がズレてこない?
「そう。ズレてくる。そういうときにバリバリのサーファーと会うと、忘れたものを思い出させてくれて、『やっぱり海に入らなきゃだめだな』って気持ちになる。おれの場合、テレビ番組の企画で、サーフィンの神様って言われているジェリー・ロペスとたまたまハワイでサーフィンする機会があったんだけど、ぜんぜん波に乗れなくてさ…。そのころは忙しくて、まったく海に行けてなかったからね。恥ずかしい思いをしたよ。そんなおれを見て、最後にジェリーさんが言ったんだ、『Kenji, keep surfing(サーフィンし続けろ)』って。それでなにか一つのことを自分なりのスタンスで続けることが楽しさに繋がるんだ、って改めて気づかせてもらった」
―― 世界チャンピオンになったアンディ・アイアンズにだって会ったことあるよね?
「一緒にサーフィンしたよ。海の中での動きが魚だったね。こんなにパドルが速くて、こんなにきれいに波を乗るなんて、同じ人間じゃねぇなって思った。水族館の中にいるみたいだった」
―― 究極のサーフィンを見てるわけだもんね。
「おれは大会に出ないし、誰かと競い合うこともしないけど、そうやってジェリーさんとかアンディとかのサーフィンを見ていると、自然と自分の戦いっていうのがファーストステージにあるような気がする。スポーツだけど、フィールドは自然なわけでしょ。ってことは、波は自分で見つけなきゃいけない。たとえばゴルフみたいに、ゴルフ場に行けばプレイできるようなものじゃない。サーフィンの場合、海に行っても波がなければ乗れないわけだから。自分で波がどうなのか調べたり、ネットワークを広げてサーファーの友だちを作ったり、行ったことのないポイントに行ったり、そういう側面も楽しんだほうがいいよね。
おれは、サーファー=人種だって思ってる。知らない人でも、サーフィンやってるな、ってなんとなくわかるんだよね。独特の世界があるんだ。よくドラマの照明さんとか音声さんとかで真っ黒な人がいてさ。やっぱり向こうはおれには話しかけてこないんだけど、3〜4ヶ月も撮影で一緒にいて、ふとしたときに、『実はサーファーでしょ?』って聞くと、『バレました?』ってなる(笑)。意外とどの世界にもサーファーがいて、小学生からおじいちゃんやおばあちゃんの年代まで年齢層も広いでしょ。そんな風に垣根なく同じ気持ちになれるものって、このご時世だとなかなかないんじゃないかなって思う。これだけハイテクな世界だけど、サーフィンなんてすごくローテクなわけじゃない。でも、日本には200万人もサーファーがいるなんて言われている。ってことは、どこかでみんな、そういう単純な気持ちよさみたいなものを求めているんだと思う」
―― サーファーっていうだけで、仕事とか地位とかの垣根も簡単に越える気がするしね。
「うん。おれはすごくギャップを感じることが多くてさ。陸の上っていうのは、正直うそが通用するでしょ。自分を大きく見せたりとか、どうしてもうそをつかなくちゃいけないこともあったりする。最初は罪悪感を持ってても、ずーっとそんな風にしてると、うそつくことが当たり前のようになって、麻痺してきちゃう。自分もそういう時期があったしね。でも、そういうときに海に行くんだ。そうすると、海ってすごく正直で、2ヶ月も3ヶ月も海に入ってないと波には乗れないわけ。陸の上でどんなに有名だろうが、どんなに金を持っていようが、海ではそんなことはまったく関係ない。じゃあ、誰が一番波に乗るの? って言ったら、そこの海で育って、ずっとそこの海でサーフィンしてるローカルなんだよね。それこそ本当に純粋な世界だよ。そうであって欲しいし。それに、陸の上に戻ったときも、自分にとってプラスなものとマイナスなもののジャッッジがしやすくなるんだ。海にいるときは余計なものはまったく必要なくて、海と自分だけの世界。必要なものなんて、自ずとわかってくる」
―― じゃあ、サーフィンするときに自分の中で心がけてることってある?
「“がっつかない”ってことかな。人生すべてにおいてそう。誰もいない海ならいいけど、たとえば日本の海だったら、どこでもだいたい人がいるわけでしょ。でも、よく考えたら、同じ日に同じ海に来て波に乗るなんて別にみんなで約束したわけじゃない。その場の一瞬の出会いだから、楽しい気分をシェアしてサーフィンできたらいいなって思うよね。やっぱりそういう雰囲気のいいポイントって、サーフィンしてても楽しいよ。もちろん世の中にはローカルが厳しくて入れないポイントはある。でも、逆にそういうのも必要だと思うし。誰もが簡単に来れて、簡単に乗れる波じゃないところはあるからね。先人やローカルの人に対するリスペクトや感謝の気持ちは必要だよ。おれは東京のサーファーでどこの海に行ってもビジターなわけだけど、その代わりほとんどのポイントはどこでも行ける。そういう自分の立ち位置っていうのをわかって楽しんでいれば、けっこうどこ行っても受け入れられるもんだよ。
あと、サーファーは海のことを一番知ってなきゃいけないって気持ちは強い。だから環境に対して一番敏感であってほしいなって思うよ。海の環境は破壊されてるって言われてるけど、それを学者に言われるより、毎日海に行ってるサーファーだったり、漁師だったり、釣り人だったり、そういう人たちがやっぱり最初に気づくべきだと思う。ゴミの問題も、消波ブロックの問題も、いまはサーファーが率先して活動してるけどね。やっぱり現場にいる人間が現場のことを一番わかってるわけだから、その人たちの声が一番に尊重されてほしいって思う」
―― サーフィン始めてから体格も変わったでしょ?
「肌の色もね(笑)。10代のころなんかヒョロヒョロだったからね(笑)。いまより20kgくらい少なかった。高校時代は『もやし』なんて呼ばれてた。でも、ハワイに4年行ってて、帰ってきたときに、親父がおれのこと見て、『おまえ、体すごいな』って言ったんだよね。『プロレスラーなれるんじゃねぇか』くらいの勢いだった(笑)」
―― スカウトはされなかった(笑)?
「されなかった(笑)。正直言うと、ジムって苦手なんだ。単純なことの繰り返しができない質なんだよね。でも、サーフィンはつらいけど楽しいから、やっぱりがんばっちゃうんだよね。それが自然と筋肉になっていく。海から上がったときってすごくお腹が空いてるでしょ。そしたら、いつもの倍くらい食うからね。本当に損することはない気がする。楽しんで体が作れるし、メンタルも強くなる。自然に対しても優しくなる。仲間も増える」
―― 一昨年は何ラウンド海に入ったって言ってたっけ?
「一昨年はいちおう日記をつけてて(笑)、200ラウンド以上やってたね。怒られるよ、本当に(笑)」
―― 1ラウンド1時間としても200時間は海に入っていたわけだ。
「1日に3回とか4回とか海に入る日もあるけど…。まぁ、サーフィンが好きだから、コソコソやるのやめようと思って。隠す必要なんかないし、その代わり、仕事をきっちりやれば、誰にも文句言われる筋合いはないし」
―― サーフィンに対して目標ってあるの?
「チューブに入ること!やっぱり身長が高いから、日本の波でチューブになってもはじかれちゃうことが多いんだ。体もすごく硬いから、今年は毎朝ストレッチやって、ちょっとでも柔軟性をサーフィンに取り入れるようにしてる。なるべくホレた波とか、パワーのある波とかに今年は挑戦していこうかなって思ってる」
―― ほかには?
「いまはメディアに出れて、サーファーであることもなんとなくわかってもらえるようになってきたから、サーフィンを通して自然を守ることだったり、海のすばらしさだったり、旅することの良さだったり、そういったものを伝えていきたい。それっておれが気づかされたことだったからね。おれたちは自然に生かされてるんだよね。結局、いまおれたちがこうやっていい波に乗れてるのも100年前のサーファーや、海の周りに住んでる人がこの環境を残してくれたからなんだ。でも、自分たちのエゴで海岸をぶっ壊したり、汚い水を流したりしてたら、100年後のサーファーはいまの波には乗れなくなっちゃう。それっておれたちの責任なんだよ。やっぱり100年後、500年後のサーファーにも、祖先がこんなにいい波に乗ってたってことを感じてほしい」
―― そうだね。じゃあ最後に、このENJOY!SPORTのサーフィン特集を見てくれる人にメッセージを。
「こんにちは。これからサーフィンを始めようと思ってる人も、いまサーフィンをやってる人も、ぜひこのENJOY!SPORTを見て、意見を交換したり、波の情報を交換したりしてほしいなって思ってます。そして、みなさんと一緒の海に入れる日がくるのを楽しみにしています。その際はぜひ、声を掛けてください。よろしくお願いします」
インタビュアーからのひとこと
坂口憲二は熱かった。サーフィンに対してこれだけの情熱があるとは、正直思わなかった。自分を成長させてくれた波に乗るという行為に、愛情を持って接していたし、なにか恩返しがしたいという気持ちが伝わってきた。そしてなにより、坂口憲二はサーファーであることに自信を持っていた。そんな感じがした。
1975年11月8日生まれ。東京都出身。メンズクラブの表紙モデルを経て、99年EX系「ベストフレンド」で役者デビュー。以後、数々のドラマや映画に出演。代表作としては、「池袋ウエストゲートパーク」(TBS)や「天体観測」「医龍」(フジテレビ)など。また趣味のサーフィンで自ら企画、出演をしたDVD「海から見た、ニッポン」が3部作の合計売上枚数、3万5千枚を超す大ヒットを記録する。また、今年の春に放送予定のフジテレビ系スペシャルドラマ「刑事・鳴沢了」で主演を務める。