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Interview part 2 日本プロサーフィン連盟理事長に聞く!

日本プロサーフィン連盟理事長 牛越峰統

かつて日本プロサーフィン連盟、通称JPSAでグランドチャンピオンを獲り、現在はそのJPSAで理事長を務める牛越峰統。 サーフィンと恋に落ちた13歳のころから変わらずに、波に乗ることを楽しみ、そして海と接してきた。 そんな彼の人生=サーフィンを、ここでちょっと覗いてみたい。
大好きなサーフィン

―― プロサーファーとして何年やってるんだっけ?

「21年目になるかな。プロになったのが17歳だったから」

―― さすがのウッシーでも、もちろん最初から上手かったわけじゃないでしょ?

「そりゃあ、もう。ただ、当時は東京サーファーだったから、海の近くに住んでる人よりも、海に行くまでの楽しさっていうのは知っていたかもしれないね」

―― 家を出た瞬間からサーフィンするのを楽しみにしてた?

「いや、もっと前だよね。13歳のとき、兄貴の影響でサーフィンを始めたんだけど、いまみたいにサーフィンが普及してなかったから、サーフィンの雑誌すら手に入らなかったんだ。たまに兄貴が持ってくる雑誌を破けるくらい見ていた覚えがあるよ。だから、家にいるとき、海に向かってるとき、とにかくずっとサーフィンのことを考えていたなぁ」

―― ずっと?

「本当に大好きでしょうがなかった」

―― そこまでハマるきっかけってなんだったの?

「それ、言っていいの(笑)?かっこよく見えたからだね。あと、モテたかったっていうのもあるし(笑)。当時はサーフィンが大きく普及する直前で、サーフボード持ってる人が少なかったんだ。だから、サーフボードを持ってたらモテる印象があった。そこが一歩だね」

―― 印象は『サーファー=モテる』だったわけだ。

「いまでもサーファーはモテるじゃない(笑)!かっこいいもん!そう思うな!」

―― ハハハ!海と対峙して、真っ黒になってサーフィンしてる姿を見ると、男でもかっこいいなって思うもんね。

「自分のことを言わせてもらうと、わりと女の子のファンはいなかったね(笑)。個人的には男のファンが多くて、いま思うとそれがおれのバックボーンになったよ」

牛越峰統、サーフィンこそすべて

教わったこと、気づいたこと

―― サーフィン始めたときの仲間とはいまでも交流はあるの?

「あるよ。元々中学校の同級生だったから。地元・調布の仲間は『波、どう?』みたいな感じで、いまおれが住んでる九十九里のほうまで来るよ」

―― 普通は、会社に入ったりして分野の違う仕事をしていると、疎遠になりがちでしょ。でも、サーフィンっていう繋がりがあったから関係が続いてる、っていうのもあるんじゃない?

「そういうのもあるね。あと、おれはラッキーにもサーフィンが上手くなって、サーフィンで職業に辿り着いて、日本代表とかになることができたから、地元のサーファーたちが応援してくれたんだ」

―― プロになったときって変化はあった?

「モテたよね(笑)。あと、ボードにステッカーを貼ってスポンサー料がもらえるようになった。ただ、『初任給がなんでこんなに少ないんだろう?』とは思ったよね(笑)」

―― (笑)なまなましい話だね。

「そこから、どうやって上げていこうかって考えたよ。10年くらいかかったけど」

―― プロをやめようと思ったこともないの?

「ある!試合に勝てなかったり、自分の趣味が職業になったことで戸惑ったり、そういった理由なんだ。正直、周りの人からも『やめたほうがいいんじゃないか』って言われるほどのランキングだったからね。そのときのことはいまでも覚えてるけど、『やめちゃおうか』って思ったよ」

―― それはいつ?

「23歳のときかな。プロになって6年間、ずっとほかの仕事もしながらサーキットを廻ってたからね。つらかったよ」

―― どうやって乗り越えたの?

「ライバルの存在が大きかった。全国にいる同じ年代のプロたちだよね。福地孝行プロとか、河野正和プロ、沼尻和則プロ、小川直久プロ、それに脇田貴之プロとか。『ヤツらには負けられない』って常に思ってたよ」

サーフィン・イズ・マイ・ライフ

―― いまのサーフィンの目標ってなに?

「まず、自分が五体満足でサーフィンやらせてもらってる、っていうことが最高にうれしいんだけど、もっとレベルアップはしたいなって思ってるんだ。誰も乗れない波に乗るとか、そういう方向でね。ソウルサーフっていうとかっこよすぎるけど、チャレンジをしていきたい」

―― ウッシーにとって、いま、サーフィンってどんな存在なの?答えは出ないかもしれないけど。

「いやいや、これはもうね、人生だよ。サーフィンからすべてを学んでるからね。まだまだずっと続くだろうし。かっぱじゃないけど、海に浸からないと調子悪くなっちゃうんだよね(笑)」

―― いま、JPSAの理事長っていう役職に就いてるわけだけど、自分なりにサーフィンをこうしていきたいっていう思いはある?

「JPSAは国内の団体だけど、世界で通用するサーファーがまだ何名かしか出ていないことと、世界最高峰のWCT(注:ワールド・チャンピオンシップ・ツアー)に日本人が誰も入ったことがないってこと、この2つはもう大問題だと思ってるんだ。それには、まずASP(注:ジ・アソシエーション・オブ・サーフィン・プロフェッショナルズ)、NSA(注:日本サーフィン連盟)、そしてJPSAが、ジャッジ基準の統一を図る。これによって、アマチュアの選手が日本のプロの試合に出ても、世界の試合に出ても、同じ点数がつくことになるんだ。これで日本人サーファーのレベルが上がってくれればいいなって思ってるよ」

―― 今回、ENJOY!SPORTのサーフィン特集が立ち上がって、ENJOY!SPORTサーフィン部もできるって聞いてるけど、最後にこれを見てくれる人にメッセージを。

「こんにちは。牛越峰統です。自分自身、ビギナーの経験ももちろんありますし、グランドチャンピオンの経験もありますが、総合的に見てもサーフィンは本当にすばらしいスポーツだと思っています。このスポーツをほかの人に教えないわけにはいかないので、今回ここに出させてもらいました。ぜひみんなでサーフィンを体験してもらえたらな、って思います。よろしくお願いします!」

インタビュアーからのひとこと
あいかわらずウッシーはおもしろい。こんな人がJPSAの理事長をやるんだから、どんなおもしろいことになるんだろう、ってワクワクさせられた。そして、これからウッシーとサーフィンの関わりはどう変化していくんだろう、って興味もそそられた。だからこそ、ウッシーのことはずっと注目して見ていきたい。

1971年10月21日生まれ。日本を代表するトッププロサーファー。中学1年の夏、兄の影響でサーフィンと出会い1本目の波からテイクオフ。17歳の春(1989年)、日本プロサーフィン連盟プロテスト合格。東京都で一番若くしてプロサーファーとなり、国内外のコンテストで活躍。トリップサーファーとしても世界各地のグッドウェイブをメイクしてきた。2003年JPSAグランドチャンピオン。2010年から日本プロサーフィン連盟理事長に就任。

インタビュアープロフィール
中野晋(なかの・すすむ) フリーライター、フリーエディター。21歳の時にサーフィンを始め、27歳からサーフィンの雑誌作りに取り組む。サーフィン歴は17年。

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